友情の色は金色



 契約の儀式。アレインが相互に信頼する相手と一対の指輪を用いて契約を交わす事で一角獣の指輪の力を引き出し、指輪をゼノイラ打倒の鍵と変じさせる重要な儀式なのだという。エルヘイム国土奪還後に解放軍兵士に通達された神秘の儀式の情報は、解放軍の各所に──主に女性陣に波紋を呼んでいた。
 あくまでフェブリス大陸解放の為との名目があるとはいえ、いずれコルニア王国を継ぐ王となるアレインが任意の相手に指輪を贈与するとなれば自然と求婚の意味も含むことにはなるだろうから騒ぐのも無理はない、とギャメルは思う。
 とはいえ解放軍の末端で斥候として働く自分にとっては、契約の儀式も込められた意味も無縁な話であり、行軍の合間に囁かれる噂を話半分に聞きながら愉しむ身であった。
 自分も含め多くの人々を救いあらゆる好意を一身に受ける王子が、契約の相手として、あるいは伴侶として誰を選ぶのか。
 解放軍の主要な面々がどことなく浮ついていたのも数日のことで、いよいよ王子が儀式に赴こうというのか解放軍の行軍が止まり兵達に一夜の暇が与えられたのが今日の話である。

 今夜はマンドランとセレストを誘って酒場にでも繰り出そうかとのギャメルの気楽な展望は、天幕に戻ってきた親友の指に光る金の指輪を目にした瞬間に崩れ去った。

(……マ、マジかよ)

 何かの見間違いだと思いたかったが、悲しいかなギャメルは親友には及ばないが視力には自信があった。

(こんだけお膳立てされてんのに女に渡さねえって旦那っ…、いや男に渡すにしたってこいつかよ、もっとこう…あるだろ…!?)

 確かにマンドランが信頼を寄せるに足る人間である事は、物心つく頃からの腐れ縁である自分が一番よく分かっている。解放軍でのマンドランは弓兵として着実に武勲を立てていてアレインに呼び出される機会も多かったし、マンドランもアレインの人柄を気に入っているのは話ぶりから伝わっていた。「まったく甘ちゃんの王子さんといると退屈しないぜ」と楽しげに語る親友を見てどの口が言うのだと何度思ったことか。
 だからといって、温情を施した元盗賊と契約を交わすとはいくらなんでも行動が軽率すぎないだろうか。相変わらずアレインの甘さには意表をつかれるばかりである。
 ギャメルの内心もつゆ知らず、平然として眼前を横切る友の横顔を見過ごしかけて、動揺に飲まれまいと慌てて首を振る。

「ヒ、ヒヒ…マンドラン、随分と可愛い指輪つけてるじゃねえか。乙女の指輪で騒いでる時期だってのに勇気あんなぁ」
「ああ、これな。アレインから預かってよ」

 一縷の望みをかけた揶揄も虚しく、ギャメルは深く溜め息をついた。

「……やっぱり乙女の指輪なんだな、それ」
「驚くよなぁ、俺も驚いたぜ」

 驚きが全く伝わってこない軽い口調と共に肩をすくめて、マンドランは敷布の上に座り込んだ。指輪を外そうと手をかけていたが、ためらいの後にそのまま傍らの弓を握ると日課の手入れを始める。思い出したくもない冗談のような名前が付けられた弓は、友の丁重な扱いの甲斐あって美しく使い込まれていた。
 マンドランが弓のしなりを愛おしそうに撫でる度に、正教の巫女を表した意匠が灯りを反射して光をちらつかせる。その煌めきを見ているうちにざらりと心臓を浚われる錯覚を覚えてギャメルは視線を逸らした。友が弓を愛撫する奇行も不本意ながら見慣れたはずなのに、どうしてこんなにも形容しがたい居心地の悪さを覚えるのか自分でも分からなかった。

「…ハッ、指輪も手入れしたらどうだ? アレインの旦那から貰った大事なものなんだしよ」

 毒を含めた声にマンドランは手を止めて苦笑を浮かべた。

「武器と指輪は話が違うだろ。まあ、名前は考えてみたが」
「名前って、乙女の指輪は乙女の指輪だろ…まさかアレイン二世とか言うんじゃねえだろうな」
「いや、ギャメルリングってつけようかと」
「なんでだよ!?」

 自分でも驚くぐらいの大声だった。ギャメルは気まずい思いで声を落とす。
──こいつ、またなのか。

「は? 乙女の指輪の話だよな?」
「ああ」
「お前っ、これ、アレインの旦那からの信頼の証として…契約してるんじゃ…」
「おう。でも、俺がこの指輪を受け取ったのはお前のおかげだろ」
「は…?」

 引きつっていくギャメルの顔を、マンドランは不思議そうに眺めている。

「解放軍に参加することになったのも、王子さんの人となりを知ってダチになれたのも、お前がいたおかげだろ。感謝してるんだぜ」
「か、感謝はいいんだけどよ…」

 それがどうして指輪に自分の名前を冠することに繋がるのか。そもそも弓の件も許した覚えはないというのに。突っ込みたい所は山程あったが、あまりに素直な笑顔を前に閉口するしかなかった。

「ダチが増えるってのは良い気分だな。セレストさんみたいな良い子に加えて王子さんともダチになれるなんて、人生は分からねえもんだ」

 しみじみと呟くマンドランの脳裏に浮かぶ輪郭を、ギャメルも重ねて見れるような気がした。

「……俺も、お前に友人が増えたのは良かったと思ってるぜ」

 少し、いや大分おかしな所もあるが気の良い奴だというのに、子供の頃から解放軍に入るまでマンドランは知己に恵まれなかった。それを哀れとは思わないが、友の律儀さを食い物にしない人間とようやく縁を持てた現在に、確かな安堵はある。

「くく…最初の友達が優しい奴だったから、俺はここまでの人生を生き延びてこれたわけだ」

 こんな妄言を素面で言ってのけるから指輪の相手に選ばれるのかもしれない。無意識なのか指輪を指でなぞるマンドランを見ると何故だかいつものようにからかって笑う気も失せる。

「優しい奴なら、大事なダチに…悪事をさせたりしねえんだよ…」
「あぁ? いつからお前は俺に命令出来るほど偉くなったんだよ?」

 わざとらしく眉根を寄せる姿にギャメルはふっと力を抜く。自分らしくもない失言だった。

「…最初からだろ。俺が団長なんだから」
「それは…そうだな」
「納得すんのかよ」

 マンドランはしばらく目を細めてギャメルを見つめていたが、やがて視線を手元に戻した。

「嫌なら逃げてる。その話はしねえって言っただろ」
「…分かってるさ」

 あの時マンドランを黒爪盗賊団に招かなかったら。腕の一本でも折って無理にでも故郷に追い返していたら。マンドランが罪人となる道は無かったはずだ。
 普段は抱いたことのない親友への悔いがギャメルの奥底から滲み出てくるのは、乙女の指輪を身につけるマンドランを受け入れつつあるからかもしれなかった。
(アレインの旦那が目をかけてくれるなら、戦後のこいつの処遇は悪いようにはなんねえよな)
 最初は動揺したが、戦いが終わりギャメルが裁かれた後もマンドランが新たな友人達と生きていけるというのなら、指輪の契約相手にマンドランが選ばれたのはなるほど悪くはない。

「なあ、ギャメル」

 胸に落ちると同時に聞こえた優しい響きにギャメルは顔を上げた。目尻の下がった顔で弦輪をほどき進めるマンドランを視界に捉えて、釈然とせず目を伏せる。

「俺さ、指輪受け取る時に思ったんだ。アレインならきっと、ギャメルと妹さんが幸せに生きられる国を作るんだろうな…ってよ」
「幸せになるのは妹だけで良いんだけどよ…」

 口ごもった本音は、幸い上機嫌の友には聞こえていないようだった。

「だから俺はもっと頑張るぜ。アレインの為に戦う分だけ、あいつの未来が良くなるってことだもんな」
「…マンドラン、俺は」
「ってなわけでギャメル。お前もしっかり矢飛ばしてくれよ」
「二世の方かよっ!!」

 考えるより先にマンドランの頭をはたいていた。ばちん、と弓の弦が切れた時のようないっそ清々しい音が響く。

「ッテェ、なにすんだよ!!」
「お前…お前、そういう…っ!!」
「はあ!?」
「それは俺に言えよ! っ、いや、言わなくていい!」

 自分は一体何を言っているのか。勢い任せの言葉が気恥ずかしくなって顔を片手で覆ったが、マンドランは気にする風もなく肩に腕を回してきた。

「あー、なるほどな。くく、気合い入れて欲しかったのかよギャメル? 珍しい事もあるもんだな」
「もういい…ほっとけ」

 見なくても友の強面がニヤニヤと緩んでいるのが分かるのが腹立たしい。

「拗ねんなよギャメル」
「うるせえ」
「なぁギャメル、俺達でやってやろうぜ。皇帝ぶっ倒してアレインの城も取り戻して、妹さんへのでっけぇ土産話にしよう」
「……ったく、当然だろ」

 たっぷりと溜め息を吐いてから、ギャメルは呆れて笑った。今更ようやく自覚したが、マンドランがアレインを一番に信頼するのなら自分の身の振り方を考えるべきかと、馬鹿な考えが心底にあったらしい。その葛藤は全て思い過ごしだったわけだ。

「……なぁマンドラン、乙女の指輪にも特別な力があるんだろ。いざという時には、アレインの旦那を頼んだぜ」

 自覚してしまえば、親友の指に収まる金の指輪は澱みなく直視できた。自身はもちろん親友も救ってくれた恩人に報いる手段はいくらあっても困らない。自分がアレインに命を捧げる覚悟を抱くように、乙女の指輪を持つマンドランだけが成せるアレインへの恩返しの形があるはずだった。

「おうよ、任せな!」
「…あと指輪に名前つけんのは諦めとけ!」

 釘を刺すように肩に乗った腕を叩くと、マンドランは残念そうに首を傾げた。

「確かに…何人もギャメルがいたらややこしいしなぁ」
「二世の時点でややこしいんだよクソがっ!!」


2024.5.5
アレインへの信頼とギャメルへの唯一無二の大きな友情が気持ちよく両立してるのがマンドランの良い所だと思います。



index作品一覧