ともにつないで



 ナッジが初めて親友の身体を求めた日から、もう二月が経った。
 まぐわいを覚えても、家の外では自分もヴァンも振る舞いは何も変わらなかった。正確には、衆人の目がある中で元気よく情事の話をしようとするヴァンを止めるうちに、そういった不文律が出来上がった、というだけではあったが。
 外で不変を装う代わりに、依頼をこなす合間でナッジの家に戻る頻度が格段に増えた。家に帰ってくると、二人は堰を切って唇を触れ合わせ、それから体力の許す限り身体を繋いだ。
 良い習慣だとは、思わない。ヴァンは他人と交わる重さを知らない。恋情にも生殖にも目もくれず、旺盛な肉欲を友情の証明だけに費やしている。その一途さを黙って享受する自分が浅ましくて、嫌になる。
 それでも、ナッジはこの習慣を止めたくなかった。ヴァンと熱を合わせる瞬間だけに感じられる、息苦しい幸福に縋っていたかった。

 昨夜も紺碧の洞窟での討伐依頼だったのを良いことに、通り道なのだからとテラネに立ち寄り、お決まりになりつつある習慣に耽ってしまった。
 家に立ち寄るのを誘った側だというのに、こうしてナッジが改めて罪悪感に悩まされているのは、今朝になってギルドで受け取った手紙を開封して、その文面に現実を突き付けられているからであった。
 手紙の差出人はあるコーンス族の男だ。ナッジがジラークの下に参じた時に知己を得た同胞の一人で、蜂起が挫かれた後も手紙での交流がぽつぽつと続いている。いつもは取り留めのない近況報告に終始しているのだが、今回は趣きが異なった。
 手紙にもう一度目を通して、ナッジは小さく息を吐いた。まるでこちらに聞かせるようなわざとらしい舌打ちに振り返る。親友は先程まで床に胡座をかいて旅道具の点検に集中していたはずだが、気付かぬ間に詰め寄られていた。

「人に支度させといて、良い身分だな?」

 文字を覗き込もうとする動きから逃げて、手紙をたたみ机に置いた。後ろめたい訳ではないが、同胞との文通をヴァンにはまだ話せていない。
 それにしても手紙を読む事自体を責められる謂れはない。ナッジが割り振られた分の仕事はもう終わっていて、後はヴァンが縄編みを済ませれば旅支度が終わるのだ。

「あのさ。一回出したとこで終わってれば、昨日のうちに準備が終わったんだよ?」
「はぁ? ヴァンぬかないでぇ、とか言ってたのお前だろ」
「うわ、やめてよ。……僕もやるってば」

 過剰な媚びが付加された声真似に抗議しようとして、しかし完全に否定もしきれず、恥ずかしさを誤魔化そうとしゃがみこみ散らばった麻束を手に取る。続いて座ったヴァンと共に麻束を綯い進める。一旦集中すれば自分よりも余程手際よく、ヴァンは束を締め上げ縄を作り上げてしまう。

「……んー。ナッジ」
「なに? っ、ん」

 ヴァンは悪戯を思いついた時の瞳でこちらを見つめて、それから顔を寄せて口付けをしてきた。瞬きの間に離れた口は、浅く濡れた息を吐いて再びナッジに寄る。
 予感通り今度は舌を伸ばしてきたので、応じて舌先を絡め側面をなぞり上げると、焦色の瞳がうっとりと細められる。舌同士で遊ぶうち頭の傾きが浅くなり、角がヴァンの額に擦れそうになってナッジの方から顔を離した。口付けを終えても鼻先を擦り付けてくるヴァンに内心苦笑する。明日の出立に向けて、今日は雑事を済ませる日にすると二人で決めたはずだったのだが。

「……なあ、こんくらいでいいだろ」
「ヴァン……流石にさ、」
「つってもよ。わざわざこっちに寄ったの、この為だよな」
「でも、昨日あんなにしたのに……もう」

 ヴァンの性欲を自覚させたのは他でもない自分だ。そう思うと、誘いを拒否するにも忍びない。何より、ヴァンの熱を触るのは本当はいつだってまんざらでもない。
 自分のローブを脱がし始めたヴァンを結局は止めず、されるがままになっていたが、下がってきた掌で尻を広げるように揉まれて流石に眉を顰めた。

「……ヴァンの番じゃないよ」

 お互い挿入欲求が強かった為に性行為の役割については散々争ったが、最終的には夜毎に交代する約束を取り決めたのだった。昨夜は自分が散々貪り尽くされて、今もまだ少し背中が痛い。

「お前のケツに挿れてえ……じゃないと、今日は、ダメだ」

 思い詰めた声色に絆されそうになるが、慌てて首を振った。既に熱に浮かされているような顔を見るに、性欲で思考が散漫になっているだけだろう。

「っ…ね、ねぇ。そんなことないから、一度出しなよ」

 手淫でもして射精させれば一旦落ち着くだろう。布越しに存在を主張している股間を撫でると、ヴァンは眉間に皺を寄せた。

「ナッジ!」
「だめ」
「俺の言う事聞けねえのかよ」

 なおも文句を言おうとするのを無視して、ナッジは下着ごとヴァンの下履きをずりさげる。ぶるんと一揺れしてから屹立する親友の陰茎に、昨夜の情事の激しさが脳裏に浮かんでぞくりと肌が粟立つ。包もうと手を伸ばすつもりが、無意識のうちに顔を近付けていた。蒸れた汗のにおいを嗅ぐと訳も分からず顔が熱くなる。

「す、…すこしだけ…」

 今まで経験はないが、手淫のほかに愛撫の方法に心当たりがある。更に陰茎に顔を寄せ、角がヴァンの肌を傷つけないよう顔を傾げてそれを咥え込んだ。予想していた臭さはない。幹に浮き出る血管が舌に僅かな違和感を与えて、唾液が急激に増えるのを自覚する。

「おまっ、何してんだよ!?」
「ん……んうっ」

 咥えたまま上目遣いでヴァンの顔を視界に捉える。強張った表情でヴァンがゆっくりと生唾を呑み込むのを追いかけるようにして、ナッジも嚥下する。自らの唾と肉塊から舐め取った汗に混じって、粘度の違うえぐみが微かに喉を通り落ち、奥底のナッジの羞恥を溶かしていく。

(これ…ヴァンの、味……)

 落ちていったヴァンの体液が全身を火照らせる。ヴァンの生の証は、どうしてこんなにまで自分を沸き立たせるのだろう。
 口内を支配する陽根を傷つけないようおずおずと舌を動かしながら、火照りに耐えきれず下着を脱いで自らの陰茎を握ると、それは既に芯を持ち始めていた。

「んぷ、う……」

 握った自身をゆるやかに擦りながら、ヴァンの先走りを味わう為にしゃぶったまま亀頭を吸い上げた。呻き声が上がりナッジの身体が押しのけられる。

「っあ、もう、やめろっ!」
「……出さない、の?」

 性器を舐められると気持ち良いと酒場で猥談を聞いたので試してみたのだが、やり方が違ったのだろうか。
 ぬらぬらと唾液に光る陰茎から目を離し見上げると、ヴァンは茹でられたかのように顔を真っ赤にしていた。

「はぁ!? 口ん中出たら、気持ちわりいだろ!」
「……別にいいのに」
「よくねえよ。お前、こういうので興奮すんのか?」

 珍しく自分の方が先走ってしまった事に気付いて、ヴァンの呆れた視線から逃げた。

「い…嫌じゃなかった、かな」
「……ふうん、変なシュミしてるぜ。でもよ」

 陰茎に添えたままのナッジの手がヴァンによって剥ぎ取られる。もう片方の手で頬を撫でられて、意図せず喉が鳴った。

「抜け駆けすんなって。ケツでイけよ」
「……ッ、……仕方、ないなぁ」

 口に親友の味が広がったように、腹奥も親友で満たしたい。激しくならないならヴァンに組み敷かれるのも決して嫌いではない。被支配欲に酔いしれた欲望が理性を押しのけ、ナッジを小さく頷かせた。
 ヴァンを押し倒し乗り上げるとすぐさま腰を掴まれる。続けて、薬液を掬ったのであろう冷ややかな指が窄まりに触れて身じろいだ。

「う、…ヴァン…一回だけだからね…」
「考えとくぜ」
「今のヴァン…んっ、頭でなんて、考えてない…じゃないかっ」

 獣じみた切迫した眼光に期待する自分もまた同類でしかないのも分かっている。急いた手つきで孔を掻き回されても、続きを催促するかのように震えた吐息が勝手に漏れていく。弛緩した入り口はヴァンの指をいくつも受け入れて水音を立てる。

「もう…いけそうじゃねえか。昨日の、体が覚えてんのかな」
「そ、んなこと、ないっ…から。でも…いい、よ」

 ヴァンの指が引き抜かれる。相手が動くより先に、ナッジは屹立したままの男根に腰を落とした。孔のふちに時折つかえながらもじりじりと侵入してくるヴァンの熱に腰が揺らめく。親友を収められた安堵がナッジを高揚させ、僅かな痛みを霧散させていく。

「っは、ヴァン…っ、ヴァン、んう…!」
「ナッジ…俺は、ここにいるから…」
「うん……っ」

 伸びてきたヴァンの掌を握り返し指を絡めて、ナッジは熱い呼気を吐き出した。早く親友を楽にさせてやりたいと括約筋に力を入れると、ヴァンの上腿がぴくりと震えた。

「うぉ、っ!」
「今度こそ、出していいよ?」

 違和感と心地良さの狭間に浸りながら、上下に身体を揺らす。もう一度意識して中を締め付けると絡んだヴァンの指が強張って爪が立てられる。

「ふあっ! ク、クソ、調子にのんなっ」
「ねぇ、まだなの、ヴァン?」

 この感覚も好ましいが、余裕の無い顔を見ていると彼を抱きたくてたまらなくなる。ナッジは繋がりが抜けないよう慎重にヴァンにもたれかかると眼前で囁きかけた。

「ヴァン、はやく」
「ッ、お前……なぁっ!!」

 ほどなく中で達するだろうと予想に反して、ナッジの尻は持ち上げられ剛直が身体から抜けていく。

「え……、ヴァン?」

 ヴァンは何も答えずナッジの身体を抱き寄せる。口元に寄せる動きにナッジが気付く前に、ヴァンは角を咥え入れていて、

「うああああっ!?」

 その瞬間、ナッジの視界が明滅してがくんと身体が揺れる。寸時意識が飛んで、それから快感の波が頭から全身を呑み込んでいく。

「あっ、あ゛、あああッ、あ゛ぁ!」

 絶頂に似た衝撃に不意打ちされて全ての思考が白く塗り潰される。歯止めが壊されてあられもない声が止められないのに、ヴァンはむしろ嬉しそうに目尻を緩ませた。

「やっぱり。角って気持ちいいんだな」

 ぬめった舌が無邪気に角を這い回る。舐める動きに連動してびりびりと甘い痺れが脳を割く。刺激から逃げたくても、頭を動かす事すらままならない。

「ううっ、ぅ、ねぇ、だめ、や゛め゛てよおっ!」

 自我が千切れそうになる恐怖で涙が滲んで視界すらもあやふやになる。絡めたヴァンの指をよすがに、必死に意識の在処を探ろうとした途端、ヴァンの昂りが再び孔にあてがわれてナッジは愕然とした。今だけは絶対に駄目だ。

「ヴァンまって!! や、やだっ、」
「出していい、って言ったよな」

 懇願も虚しく重い突き上げがナッジを一気に貫き、頭の中で何かが弾ける音がした。

「っ…ぁ……ぁ、……ッ!!」

 魔力に似た鋭い電撃が身体を駆け抜けて一瞬感覚が消失する。すぐに奔流に殴りつけられて、全身が無理矢理快楽に沈められて息が出来なくなった。言葉の代わりにナッジの陰茎が断続的に精を放つが、射精の快楽すらも遠くに感じる。脱力してヴァンにしなだれかかった事でようやく角がヴァンの口内から離れて空気に触れて、なんとか呼吸を取り戻す。しかしヴァンの昂りはナッジを犯したままで、その存在を意識するだけでひくひくと身体が悦びに屈伏してしまう。

「先越されたな…もうちょっとだから、我慢しろ」
「もッ、だめ、…だめ、だめ…!!」
「嘘つくなよ。すげえ、中、キツい」

 ナッジの身体が片手で抱き締められる。指をほどかれ、空いた片手がナッジの顔に伸びる。制止の声よりも早く角を握られて、再び思考が白く染まる。舌に比べれば弱い刺激で平時なら耐えられる程度であっても、今のナッジに追い打ちをかけるには十分以上の行為だった。

「ひっ!? ま、またっ、もうむり、」
「ナッジ…お前は、だいじょうぶだ……っ」
「つの、だめ…んあっ、やだ、ゔぁん、おねがぃ!」
「ナッジ……」

 ひどく甘い声で名前を呼ばれて、夢うつつを彷徨う心地でヴァンの名を呼び返した。それが合図かのように律動が始まる。腰をぶつけて幾度も突き上げられ、その合間に角を扱かれて、思考の海に逃げることすらも許されず、食い荒らされる熱さに身体を震わせた。

「あっ、あ゛、あううっ! うう、あ、あ゛、」
「…やっと、お前の中…出せる…っ」
「う゛あ゛、ほしいよっ、ほしいからっ、つの、やら゛あ!」

 角をこすられ、腰を引かれ亀頭で浅部を押し潰されて、ヴァンが動く度に絶え間なく情けなく鳴いてしまう。ヴァンの熱が移ったかのように腹の奥が激しく熱くなり、揺れる自身の陰茎が依然白濁を漏らし続けヴァンの腹を汚す様を、麻痺した脳がぼんやりと捉えている。

「ふあッ、こんなのぉっ…ヴァン、ぼく、あ゛っ、う゛」
「くっ、は、出る…出すぞ、ナッジ…っ!」

 激しい衝撃の後、ヴァンの陰茎がどくどくと蠢動する。過敏になっているナッジの身体は、ヴァンの精液が奥を満たす感覚を鮮明に感知して悦楽を全身に伝えた。

「ま゛っ、ヴァ、あ、あ、……ぁ、ふ……ぁ」
「は…ふ、ナッジ……ナッジ……っ」

 精を送り出す間隔に合わせて、愛おしむような柔らかな声で名を呼ばれる。顔には淡い嗜虐心が見えたが放心したままのナッジには判別できず、繰り返し塞がれる口と口腔に侵入してくる舌先の質量をぼんやりと味わっていた。
 
 疲労で闇に溶けかけていたナッジの意識は、ヴァンの何度目かの呼びかけで緩やかに浮上した。

「……るいよ……」
「…あ?」

 ナッジは余韻に震えながら、頬を濡らす涙を懸命に拭った。悔しかった。ヴァンがコーンス族の尊厳を理解しないのはとうに納得している。けれど、こんなのは範疇を超えている。角への愛撫はナッジにとって拷問と変わらない。

「なんで!? ヴァンはずるいよ!」
 交わる快感だけは、二人を対等にするものだと思っていたのに。
「なんでっ、こんな…酷いよ…全然…同じじゃ、ないじゃないか……」

 以前に角を触ってきた時とは違い、ヴァンは狼狽えていなかった。
「ずるいって、なんだよ。お前はお前で、……コーンスのお前もお前だっていうなら。全部使って、もっと気持ち良くなるのは…良いことだろ?」

 常になく顔を曇らせるヴァンに言葉が詰まる。自分に対して、ヴァンが悪気を抱いた事などないのは当然分かっている。だからこそヴァンの行為には容赦がなく、だからこそいとおしい。

「で…でも、この気持ち良いは、怖いんだよ? 僕が無くなって、どうしたらいいか分からなくなる……」
「簡単だろ? 何回もやってれば慣れるって」

 事も無げに返されて下腹を撫で回された。ヴァン自身が収まっている場所を確かめるような手つきに、先程の絶頂を思い返して顔が熱くなる。

「……っ。君が言うほど、簡単じゃない、よ…!」
「大丈夫だ。俺が一緒にいるんだからな」
「…そうまでして、…ヴァンは、こんなこと、したいんだ。…分かんないよ…」

 ヴァンなりの労りの輪郭は捉えられる。けれど、快楽を拓かなくとも、自分はヴァンと単純に触れ合えば幸せを得られる。ヴァンという居場所を確かめたならそれで充分だ。
 深く息を吐きながら、ナッジは腰を上げ繋いだままのヴァンの陰茎を抜き取った。名残惜しむように精液がとろりと糸を引いて二人の皮膚を繋ぎ、そして地に落ちていく。

「ん、くっ、……まあ、…嫌って言っても君はやめないよね。だからもう少し…説得の仕方を、変えないと」

 ナッジは傍に転がる薬甁を手に取り、ヴァンの眼前で瓶を振った。
「ねぇ、……交代しよう」

 ヴァンの顔がさっと強張る。流石のヴァンでも不吉な予感を抱いたのだろう。予感ではなく、いつもより激しくするつもりだったが。

「は? いや俺、もう……な、なんで乗り気なんだよ…イヤイヤ言ってたじゃんか」
「気持ちよくなるのは良いことなんだよね。僕もそうするよ。君を気持ちよくさせる」
「……ぅ、お…。……おう」

 ヴァンの事だから、ああは言っても乱暴が過ぎた引け目はあるのだろう。小さく舌打ちをすると立ち上がり、ベッドに向かおうと背を向ける。行動を追って背中の方からヴァンを抱き締めると、意図を察したのか困惑した横顔をナッジに見せた。

「ま、前からじゃ…ねえのかよ」

 ナッジは笑いを漏らして、腕を前に回したまま薬甁の蓋を開け手に取った。

「どっちがいい?」
「か、顔…見れる方が…お前もそうだろ…」
「ん……僕も、見える方が好きだけど…」

 ヴァンの顔を見ながらだと手加減してしまうだろうから、そうは出来ない。ナッジは薬液を掬った手で後ろからヴァンの秘所をつつく。

「ううっ、……っ」

 いつものように窄まりをやわく揉んでから人差し指を中に埋める。ほぐす傍ら黒の襯衣の下に手を差し込み、ヴァンの身体が刺激から逃げないように力を入れた。先程の律動で汗ばんだヴァンの身体は滑りが良く、何度も胸部を掻き抱きながら孔を拡げていると、ヴァンが喉を引きつらせ風を切るような声を漏らす。

「ナッジ、お前、…それ、やめろ…!」
「もういいの? もう少し広げて……」
「ちが、…む、胸だよ、触んなっ……!」

 埒外の言葉に、ナッジは首を傾げた。
「胸……? でも僕、別に……」
 ずらそうと動かした片手が硬い突起に触れた時、「ひっ」と弱々しい吐息が落ちる。
「もしかして、ココのこと? ……乳首って、気持ちいいものなの?」

 今までの情事で全く意識したことの無い部位だったが、確かに感覚がある以上は快感も拾えるものなのかもしれない。好奇心のまま右胸の突起をつまむと、小さくヴァンの身体が波打つ。悪戯を続けようとしたが、震える両手によって遮られた。

「っ、だから、やめろってんだろ…! は、ぁ、早く、挿れろ…っ」
「んー……ん、そうだね…」

 閃いた思いつきは口にせずに、孔を拓く行為に集中した。薬液をたっぷりと取り込んでぐちゅぐちゅと品のない音を立てる様を見て、頃合いだと指を抜いた。

「ぁ、ああ…、あっ…ナッジ…はや、く…」
「……すっかり、慣れちゃったね……」

 立っているのがやっとのヴァンをからかうつもりだったが、声に出してみると自嘲の響きの方が強かった。
 どちらのものか、吐息が空気を震わせる。
 ほんの二月前まで何も知らなかったはずなのに。互いに一度達したにも関わらず、二つの欲望は友の身体を求めて反りを取り戻していた。

「っふ、う……別に、いいだろ。こうしてた方が、お前が近いから…」
「ヴァン、僕は……」
「ふん、すぐ…怖気つきやがる…エロいの、大好きなくせによ」
「……。ヴァ、ン……なか、はいるよ」

 早くなる己の鼓動にも息苦しさにも見ない振りをして、ナッジは昂りをヴァンに埋めた。抱き込みながら最初は緩やかに抜き差しを始める。相対して繋がるよりも円滑に奥まで入り、中の襞がきゅうと訪問者を歓迎して締め付けてくる。

「あっ…ヴァン、君を…感じる、」
「おッ…っ、ふ、…ナッジぃ…!」

 項垂れたヴァンは、挿入の緩急に合わせて熱に浮かれた声を落としている。

「う、うぁ、ナッジ、…ナッジ、おくっ、」
「…っは、後ろから、気持ち良い?」
「っ…ぅ…!」

 ヴァンがこくこくと頷く。素直さにそそられて、熱っぽい溜め息を思わず吐き出してしまった。今なら抵抗する余裕も無いだろうと、孔を貪る傍らヴァンの乳首をつまんで、数回押し潰してみる。

「〜〜っ、あ、くうッ」

 乱れた髪を揺らし愛撫から逃れようと身をよじらせる姿を眺めていると、不埒な考えばかりがナッジの中に浮かぶ。

「ヴァンが気持ちよくなれるところ、ちゃんと覚えておくね」
「ちがうっ、ちがっ、ちんこが、いい…っ!」

 切願を流して、小さいながらぴんと立ち主張する胸の突起をこりこりと回し捏ねる。ヴァンは鼻にかかった喘ぎ声を上げながら身体をのけぞらせている。ふつふつと沸き立つ征服欲に身を任せ、ナッジは挿入の速度を早めた。

「あッ、ナッジ、あう、きもちい…でる、でる…っ!」

 限界を証明するように少しずつ力が抜けていく身体を支えようと、突起を弄るのをやめて両腕でヴァンを抱き寄せる。ナッジはとどめとばかりに勢いよく肉杭を打ち込んだ。

「うん…我慢しないで…」
「うう、あっ、あ゛あ、ナッジ、…うっ……く、あ、」

 恍惚の呼吸に数瞬遅れて、ヴァンは勢い良く精を吐き出す。ヴァンの肢体が余韻に震え出すのに合わせて、ナッジは肉の接合を深め律動を再開する。これからが、ナッジにとっては本番だった。

「な゛、じっ!? い゛、…ぉ、いッ、い゛ってる゛!!」
「ん、…知ってるよ…っ」
「ああああ゛!? 〜〜ッ、はああ!! は、やめっ、う゛、ひゅぅっ」

 戸惑いの声はすぐに悲鳴に変じる。痙攣を繰り返すヴァンに構わず自身をねじ込み続ける。言葉とは裏腹、ヴァンの内側は収縮を続けてナッジの陰茎を体内に引き留めて離そうとしなかった。

「…やめるつもり、ないけどさ…抜けない、よ?」
「ん゛、ん゛っ、や゛ぅッ! もッ、おれ、お、…あ゛、なっじ、っひ!」

 ついにヴァンの身体が崩れ落ちようとするが、両腕を掴んで後ろに引きそれを咎めた。繋がりは保たれ、ナッジは速度を緩めずより抉るようにヴァンを貫いた。涙が混じった甘い声は一際大きくなり、ナッジの耳朶を心地良く打つ。

「あう、ああぁッ!! あぐ、なっじ、なっじ、なっじぃ、」
「ふ…っ、なんだい?」
「う、くぁ…なかっ、へんな゛、ぁッ、あ゛」

 しなやかに鍛えられた肢体がナッジの思うがままに動き、卑猥に汗を飛ばしている。
 魂が抜けたようにがくがくと揺れるヴァンの上体を手近のベッド上に押し付ける。
 ナッジの本能もまた限界を訴えていた。

「…っ、ねぇ、奥、出すからね…っ」
「お゛、ぐ、うあ、…お゛、ふぁ、ぁぁ…っ」

 ベッドという支えを得たヴァンの半身を上から強く抑え付け、ヴァンの深部まで割り入るとナッジは精を放った。ナッジによって動きを封じられたヴァンは身を引けず、脚をひくつかせながらナッジの種付けを最後の一滴まで受け入れていた。
 精を出し尽くしてから、ナッジは腰を引いた。ごぽ、と音を立てて薬液と白濁が大量に孔から溢れ、いくつもの白い筋をヴァンの太腿に作っていく。ベッドにもたれかかったまま力尽き、余韻にびくびくと小さく跳ねる背中をそっと撫でさすった。

「ごめんね、ヴァン……」

 ヴァンと交わっていると、時々自分でも驚くほどの粘ついた執着が顔を覗かせて、衝動的にそれをぶつけてしまう事があるのだが、角の件を差し引いても今のは手酷くしすぎてしまった気がする。

 しばらく見守っていると、ヴァンは意識を取り戻して僅かに顔を上げた。

「ナッジっ…な…んだよぉ…っ…いまの……!」

 睨みつけられるが欠片も迫力がなく、ナッジは頬を緩めた。

「ヴァンってさ、反応良いよね。僕もこうなってるのかな…それは恥ずかしいけど…」

 熱の残ったヴァンの顔が更に赤くなった。疲弊していなければ拳が飛んでいるだろうほど怒っているのが、手に取るように分かる。

「はっ、…っ、…ぁ、おまえ、ふざけん、なよ…!」
「ねえ、それは僕が言いたいよ。これで分かったでしょ? 気持ち良いのって苦しいんだからさ。さっきのお返し」
「なんでっ、…それとこれとはっ、…違うだろが…」
「違わない」

 ヴァンは息を整えながらこちらへとにじり寄ろうとする。その身体を覆うように抱き込んで迎え入れ、肉付きを味わうようにヴァンの唇を喰み不服を封じた。
 鼻から甘い吐息を逃しながら涙ぐむヴァンの首筋を撫でつける。日常の勝気な悪童とは全く違う、快感に酔うこの姿もまた、ナッジが手にする居場所だった。

「はいってくるの、は……じんじんする…」
「うん…そうだね。僕もそう……」
「ナッジ……俺、もっともっと、お前とヤりたい…俺……」

 無防備な誘惑から逃れるようにナッジは目を閉じた。

「ん…でも、…終わったら依頼を探しに行くって、言ってたでしょ」
「そんなの…急ぎじゃないだろ…」
「…熱き魂ってやつが泣いちゃうよ?」

 最近のヴァンの口癖をふと真似してみる。むくれるヴァンに微笑して、今度は触れ合わせるだけの接吻を落とした。

(本当は。ちゃんと、駄目って……言わないと)

 二人の境目に伸びる寂しい膜を潰そうとして、こうして何度も淫らな児戯を繰り返している。愚かしい行為だと、思っている。きっと自分もヴァンも、ふと目覚めた思春期の性欲の行き場に迷っているだけなのだ。
 交わった後に戻ってくる理性は、決まってナッジの選択を嗤う。

(ヴァンに何も教えないままなのはよくないって。分かっているのに、やめたくない)

 ヴァンの身体は暖かい。原初的な快感と全幅の信頼を受け取る充足感が混ざり合ってナッジの心に溶けていく。自分はこの世界にいていいのかもしれないと、仄かな光明を見出せる。
 孤独を忘れられることに喜びながら、しかしヴァンと離れれば友を束縛する虚しさに気付いて自嘲する。その繰り返しを続けるくらいなら、ヴァンと繋がる快楽を捨ててしまうのが正解だと理解しているのに。

「こうしてずっと、君とえっちしてたら……僕、わがままになっちゃうな」

 ヴァンの人生を手中に収めて、永遠に側にいられる夢を、繋がりから醒めても視るようになってしまう。そんな未来は、あり得ないのに。
 こんなにヴァンを求めていても、彼が真っ直ぐに自分を欲していても。世界への眼差しがどうしようもなく違うのだと、ヴァンに槍を向けたあの日に知ってしまった。
 ヴァンが人間として生まれてナッジがコーンスとして生まれた以上、夢は叶わないことを確かめてしまったから。

「だから……もう終わりに、っ」

 突然肩に頭突きをくらって、それ以上は言葉に出来なかった。

「わがままで何が悪いんだよ……俺の前で気取ろうとしても、無駄なんだからな」

 小さく潜めていても激情に尖った声だった。ナッジが諦念を確かめて楽になろうと思っても、友は決して許してくれない。だからナッジは自らを憐れまずにいられる。叶わぬ夢を捨てずに抱えていける。

「ふふ……そっか。気取ってるように見えるんだ」
「だからっ、その顔やめろ。……情けねえ奴だな、お前はよ!」
「……ヴァンってさ、出した後は文句が増えるね」

 ようやく熱が引きつつあったヴァンの頬に再び赤みが差す。ひねくれた発破を察せる程度には、自分達は長い年月を共に過ごしているのだった。

「っ、うじうじ言ってるのはお前だろ。好き勝手しといて、今更やめるのかよ」

 ぐったりと自分に身を預ける様からは信じられないほど、強い力で上腕を掴まれた。

「どんなにお前がわがままでスケベでも、どうでもいい。勝手に勘違いして逃げるなよ。もう俺を置いていくな」
「……置いていったりしない。でも」
「でも? それ以外に何も必要ねえだろ! いい加減分かれよ、ナッジ……」

 握る掌が汗ばんでいく。ヴァンから伝わる執念は、己が彼に抱くものとは違う色をしている。それでも、そのぬくもりは今確かにナッジを支えている。

(やっぱり、ヴァンには敵わないな……)

 腕に食い込んだヴァンの手に自らの手を重ねる。降参の意をこめて数回叩いた。

 そろそろ身体を拭いてあげようと抱擁を緩めた瞬間、ぽつりとヴァンが呟く。

「……さっきの手紙、コーンスのダチからだろ」
「っ、……どうして」

 咄嗟に表情を覗こうとしたが、ヴァンは俯きがちにナッジの胸元に黒髪をもぞもぞと押し付けている。籠った音はいつもよりも心許なかった。

「俺と一緒にいんのに、お前がぼけっとしてんのは、そうだろ。いつもそうだ」

 孤独を訴える声にこみあげてくるものを耐えようとナッジは唇を噛んだ。とっくのとうにヴァンは気付いていた。無意味に傷つけてしまっていた。早く打ち明けるべきだったのだ。

「……知り合いがね、故郷に…来て欲しいって。僕の助けが必要なんだって」
「……いつ行くんだよ」
「近いうちに……そうだね、次の依頼が終わったら、行ってくるよ」
「……じゃあ、依頼探すのなしだ。明日には出るぞ」

 ナッジは面食らった。性急な予定変更が意味するものは一つしかない。

「ヴァンもついてくるってこと?」
「当たり前だろ!」
 ヴァンは得意げにこちらを見上げてにんまりと笑っている。
「で、でも……」

 同胞はヴァンを決して歓迎しないだろう。同族だけで寄り合う安息の地に土足で踏み入る人間に対して、どんな言葉が投げかけられるのか。テラネで育ったナッジには鮮明に想像がつくからこそ、ヴァンを連れて行きたくない。そんな目に合わせたくない。

「そこってさ、コーンスしかいない小さな集落なんだよ?」
「だから?」
「……嫌な思い、するかも。君にとって面白いものがあるか分からないし」
「俺の渾身のネタで面白くしてやるって」
「え。……ああ…皆が凍らないよう気をつけないと……」

 そうだ。自分の懸念をよそに、どんどん先に進んでしまうのがヴァンなのだ。暗に同行を認めてしまった事に気付いてナッジは溜め息をついた。
 結局のところ、一欠片の迷いもなくヴァンがコーンスの集落への旅についてこようとするのが自分は嬉しいのだ。無垢な信頼だけではなく、先刻まで二人を繋いでいた執着がそれを言わせたことが、みっともないくらいに嬉しい。

「お前のツッコミがねえと俺のギャグは完成しないからな。……だから、ナッジ」

 活力に満ちた焦色の瞳はナッジを映す。瞬きの度にちらつく不安の色を溶かしてやりたくて、ナッジは綻んだ心のままに笑った。

「うん…一緒に行こうか。時々はこうしてさ、…一緒にいよう、ヴァン」



2023.11.23
叶わなくても、一緒にいよう

COMIC CITY SPARK 18 にて発行した「ともにつないで」の描き下ろし部分再録です。
「選んだ居場所だから」→「単純なこと」→本作品です。
どうしても同軸リバを書きたかった。



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