単純なこと


 身体にこびりつく倦怠感に、目覚めてしばらくヴァンはベッドから起き上がれなかった。

「足……だりぃ……」

 痛みの原因となった昨日の出来事、つまりは足を浮かせ続けた犯人と自らの滑稽な体勢を思い出す。込み上げてきた怒りの勢いで、やっと上体を起こした。

「くそーっ!! あいつ、好き勝手やりやがって。
 こっちの気持ちも考えろっつの! 男の面子ってものがあんだろ!」

 昨日の親友はいつも以上に遠いものを見つめていたから、放って置けないと思う内に未知の行為に足を踏み入れたが、その行為はヴァンの尊厳を少なからず傷つけるものだった。

「……っ、ちくしょう、ナッジ……」

 何よりヴァンが気に入らなかったのは、肛門を拓く時には人の気も知らず楽しそうにしていたくせに、いざ挿入を始めると切なげな表情ばかりを映していたナッジの瞳だった。

「あいつ、なんであんな顔してたんだよ! 俺、ケツまで貸してんだぞ?
 しかもなんか…時々…腹がじくっとなって……だーっ!! ムカつくぜ!」

 中を掻き回されていた時の感覚を思い出してしまいそうで、あまつさえもう一度試してみたいと考えかけて、顔が熱くなってくるのを誤魔化すようにヴァンは大きく首を振った。組み敷かれ犯されていた自分は、ヴァンの思う格好良さからは対極の姿だった。

(……だけどよ。ナッジとエロいことするのは、悪くねえ)

 自らの痴態はともかくとして、交わりの昂りでついて出た言葉は本心だった。ナッジもまた本心を零したのだと信じている。
 あの不可思議な遊びをしている間は、快楽と友情だけの単純な真実を二人で分かち合える。そうすれば、目を離せば深く沈もうとする親友の心を、ヴァンの手元に永遠に置いておけると思った。

「……仕方ねえな。あいつ、言葉じゃ分かんねえかんな」

 ヴァンは勢いよく立ち上がって着替えを始めた。いつのまにか倦怠感はヴァンの意識から消えていた。
 多少恥ずかしかろうが身体が痛もうが、あのぐらいの卑猥な行為など、何度でも付き合ってやっていいと思った。
 ナッジは大事な友達なのだから。


 ヴァンは両親の小言を聞き流しながら家を出て、町外れへの近道を進んだ。目を瞑っていても歩ける程には慣れた道のりだが、今日は躓く回数が多かったのは足の痛みのせいに違いなかった。
 ナッジの家がある開けた湖畔まで辿り着くと、幹にもたれかかる親友に駆け寄った。
(ガキっぽいけど、まあ、お前は気に入ってるみたいだしな?)
 本意ではないが寄った勢いのまま手早く抱擁の挨拶を済ませると、ナッジの顔が柔らかく綻ぶ。こんな当たり前の習慣で素直に喜ばれるとこちらとしては据わりが悪い。ヴァンは誤魔化すように悪どく笑みを作った。

「よお。これじゃ物足りないだろ? 今日は覚悟しとけよ」
「……ああ、もう。僕、ヴァンに変な事教えちゃったな」

 ナッジはわざとらしく溜め息をついているが、綻んだ顔は崩されていない。

「何言ってるんだよ。楽しみだったろ?」
「う……。まあ、ね」
「じゃ、さっさと上がろうぜ」

 語尾の弱くなったナッジを無視して、ヴァンは梯子に手をかける。
 いつもの訪問とは違って、今日の目的は明確だ。ナッジを犯すためにこの梯子を登っている。段を登り切り家に入ったら淫らな行為が始まるのだ。
 ほどない未来を想像するだけで掌が汗ばんでくる。滑らないようことさら強く梯子を握りしめて手足を動かした。
 登りきったヴァンは家の敷居を跨がずに呼吸を整えた。普段なら昇降で身体に支障が出る訳がないのに、息が苦しかった。
(くそ、平気だっての、俺。緊張する理由、ねえだろ)
 続けて戸口に辿り着いたナッジが硬直するヴァンの手を部屋へと引いたことで、ようやく足が動いた。木の匂いが漂う親友の家も、少し色褪せた床も、昨日と変わらない。

「……ねぇ、ヴァン」

 密かな緊張を重ね合わせたような躊躇いの色にヴァンはどきりとした。

「な、なんだよ。ちょっと休憩してたんだよ」
「ふふ、別に気にしてないから。
 今日はさ、下のベッド……使っていいからね」

 ナッジは首を傾けてヴァンを覗き込んでくる。ナッジの部屋に置かれた二段ベッドのうち、上段が普段ヴァンの為に貸し出される場所で、下段はナッジの寝所だった。
 ヴァンが下段のベッドを許される意味を時間差で飲み込んで身体が急激に熱くなる。

「……っ。エロナッジ……!」

 たまらず飛びつき、ナッジの肩を掴んで唇を寄せた。朱色の皮膚が触れ合う前に口が開かれ、お互いの潤いを求めて舌を伸ばし絡める。
 ヴァンは昨日の動きを思い出しながら舌の表面を探ろうとしたが、コツを掴む前にナッジの舌が隙をぬって口内に滑り込んできた。ちゅくちゅくと音を立てて吸いなぶられて、くらくらと頭がぼやけていく。
 何もやり返せないうちに舌が口から抜けて、ナッジの顔もまた離れていった。ナッジは余裕の面持ちで含んだ唾液を飲み込んでいた。

「っぁ……ちょ…お前、なんか、」
「ヴァンってさ、もしかして口の中弱い?」
「な、なにをおおっ!?」

 ナッジだって顔を赤くしているくせに相変わらずの減らず口だ。再挑戦して優位を取ろうと顎を掴むが、待って、とせばまった口から息が零れた。
「……ヴァン。とりあえず、脱がない?」
「あー…おう。片付け、大変だったしな」

 確かに、この流れで情事を始めてしまえば惨状が再現されてしまう。お互いにため息が重なった。
 手際よく服を脱ぎ出すが、床に衣服を投げて置いていく自分と違いナッジは丁寧に服を畳んでいた。焦れる心のまま強引に、一糸纏わぬ姿の親友をベッドへと押しやった。

「そんなの後で良いだろ」
「良くないよ、大事なローブなんだ。急がなくたって、逃げないから」

 そう言いながらも実際の抵抗はなく、ナッジの細い身体がシーツに転がる。潤滑の為に使った薬瓶が枕元に用意されているのが目に留まって、ぬるつく感覚が詳細に蘇って顔が火照った。乱れたヴァンの姿を自分自身で再現する為に、ナッジが寝所を万全にしたのだと想像するだけで興奮が湧き出てくる。
(くそ、たまんねえ。
 ……遊ぶ、ってよ。こういうこと、だったんだな)
 昨日ナッジと交わったことで、今まで白けて聞き流していた世間の猥談の意味する所を知った。情報の点と点が繋がってしまった。ヴァンは初めて、自らが持っている若く旺盛な性的欲求を自覚したのだった。悔しいが、この件に関しては親友はずっと前から知識を持っていて、ヴァンの上を行っていたのだ。

 ヴァンは薬瓶を手に取って蓋を開けた。小さな声で名前を呼ばれて、仰向けになったままのナッジを見下ろす。ヴァンの目からは、恋愛や下世話な話に対して今まで親友が興味を抱いているようには見えなかった。

「……なぁ、ナッジ。前から俺とエロいことしたかったのか?」
「わ、…かんないな。君を見てむらっとしたのは、昨日が初めてだよ。
 あれで良かったのかも、自信ないし」

 目線を逸らす顔からは、言葉通りの迷いの色が見えている。この期に及んで、友達として性行為に至った事に後悔があるようだった。何も後ろめたいものは無いのにと、返す言葉につい不満が混じる。

「なんだよ。俺は……なんか、しっくりきた。お前とエロいことすんのがさ」
「ん…そうだね…。ねえ、自信はないけどさ、」

 ナッジは上半身を起こしてヴァンの腹筋を撫でてくる。愛撫のようななめらかな動きに、息が詰まる。

「えっちなことは…ヴァンとだけ、していたい」

 それは本能を悦ばせる囁きだった。ヴァンの思考が燃えて赤くなって、交わる行為以外の全てを不要だと塗りつぶしていく。
「っ、なら、いくらでもすりゃいいだろ!」
 瓶を傾けて掌に薬液を落としていく。腕を回して、ナッジの背中を通り過ぎて臀部へと伸ばす。
「なぁ。これ、なんなんだ? ぬるぬるして、気持ち良かった」
ナッジ自身が用いていてその上今日も準備したのだからと迷いなく手に取ったが、ヴァンはこの薬液の中身を一切知らなかった。返ってきた声は何故か少し得意げだった。

「裂傷や腫れに効く傷薬だよ。粘膜にも使えるように、タレモルゲの汽水の塩分を調整するのが大変で……って、まあいいか。
 お尻の中に塗っても勿論大丈夫だからね。こんな風に使うとは、思わなかったけど…」
「へえ、流石俺のダチだなぁ」

 思わず素直に称賛したが、ナッジはうなだれて声を落とした。

「バチが当たりそうだよ。
 はぁ……ごめんなさい、おじいちゃん」
「いや、ある意味使い方合ってるだろ。
 俺の尻切れてないし。なっ、尻、キレーだろ? くくっ」
「……お尻以外の別の言葉でかけないと、意味ないんじゃないの?」

 指摘は次回に活かそうと決めて、この瞬間の欲望に身を委ねる。ナッジの尻たぶを掴み、身体を持ち上げながら窄まりを探し当てて触れるが、感触頼りでうまく事が運ばない。
 ナッジもヴァンに寄りかかり協力して身体を揺らしていたが、ほどなくして穏やかな声でヴァンの行為を制した。

「ん、……ん。……後ろ、向こうか?
 恥ずかしいけど……そっちの方がやりやすいよね」

 ナッジはヴァンの身体を離れ、逡巡の様子を見せてから寝そべった。うつ伏せになった身体を尻だけ上げて、シーツに半ば埋もれた顔から息を漏らす。角がぶつかるのを避けて横に向いた顔は赤く染まっていた。

「はは、……」

 その姿勢の滑稽さに冗談混じりで言及するつもりだったのに、細身のすらりとした背中は別人のように見慣れなくて、ヴァンは生唾を飲み込んだ。
 背中に走る一筋の傷跡がヴァンの目に留まる。あの日、コーンスの兵士をナッジが庇って出来た深い傷は、回復魔法を重ねてもナッジの身体に跡を残している。
 生まれた苛立ちに任せて背中に近付き跡を指でなぞった。ナッジの身体が僅かに揺れる。

「ん、なに……?」
「……バカ野郎が」

 ナッジは大馬鹿だ。皆どうしてナッジの愚かさが分からないのだろうか。テラネの大人達はナッジを聞き分けの良い子だと嘲る。冒険の仲間達はナッジを優しいだなんて褒める。周囲がどう言おうと、ナッジのこんな愚かさをヴァンは望んでいなかった。

「……僕、君のためにやってるんだけど」
 無意識に呟いていた言葉が誤解を生んだらしい。ヴァンは舌打ちして首を振った。
「ちげえっての! ったく、……なあ、ここ、痛むのか?」
「ううん。今はくすぐったい」
「……そうかよ」

 釈然としない感情を抱えながら、背筋に従って指でなぞっていき尻の割れ目まで辿り着く。背面の体勢なら、確かに窄まりがよく視認できる。
 再び薬液を指に絡めると外周にひたと塗りつける。粘り気の助けを借りて浅く穴に指を埋め、抜き差しを繰り返すと、ナッジの息の乱れが微かに耳に届く。

「あっ、……う」
「へえ、こんな感じなのか。面白いな」

 円滑さを増す動きと中の熱さに楽しくなる。薬液を足すために指を完全に引き抜くと、ゆるゆるとナッジの腰が落ちた。

「ふっ、く……。見え、ないの、少し怖い。
 ねぇ、ヴァン。指入れる前には声かけてね」
 ナッジはシーツを顔の前にかき集めてもごもごと喋っていた。
「なら、前向けよ。顔見たい」
「……っ、わ、かったよ…」

 観念したように、ナッジは寝返りをうち膝を立てる。先程まで触れていた箇所を隠し閉ざす姿にヴァンは呆れた。挿入を楽しみにしているのはお互い様のはずだ。

「おい、そうじゃないだろ。続き、ヤるんだろ?」
「分かってるけどさ……」

 深呼吸を繰り返して、ナッジは膝を立てたまま脚を大きく開く。続けて膝裏に手を差し入れて、濡れた秘所をヴァンに見せつける体勢をとった。支配欲をくすぐられる心地良さにぞくぞくと鳥肌が立つ。上出来だとナッジに笑いかけようとしたが、ナッジは全く目を合わせようとしない。

「へへっ。昨日の俺の気持ち、分かったかよ?
 俺、これでいきなりケツ穴触られたんだからな」
「べ、別に僕は……心の準備が出来てるし、平気だから。
 ヴァンと違ってさ?」
「……生意気言うなよ」

 薬液にまみれた二本の指を穴に突き入れ、ぐちゃぐちゃと中を四方にまさぐる。
 ナッジははじめ吐息だけを漏らしていたが、指を増やしたり減らしたり、遊ぶように内壁を刺激するうちに、声に切迫さが滲み出してくる。

「ぁ、はあ、ヴァン、これっ、こんな……!」
「俺と違って、平気なんだろ?」

 ヴァンは挿入の欲求に頭を満たしながらも嫌味っぽく宣言を返す。ナッジは困ったように眉を下げて、ようやくヴァンと視線を合わせた。

「っ、平気じゃ……なかった、みたいっ……」
「へっ。調子に乗んなっての」

 早々の降伏宣言に満足しながら指の動きを早めた。ヴァンが中の粘膜を捏ね回すのに合わせて、ナッジの下半身が小刻みに揺らめく。それでも、淫らな現場を隠そうとする脚を自らの手で抑え込み必死に開いたままにしていた。

「は……はず、かしい、……ヴァン、きの、う、ごめん…」

 瞳を潤ませ始めるナッジが目に入って、咄嗟に顔を背けた。そんな言葉は受け入れたくなかった。確かに自分だって指で中を弄ばれたのは恥ずかしかったが、自分は嫌だなんて思っていない。ナッジに申し訳なく思われる謂れはない。

「謝んなよ! お前が謝ってんの、嫌だ!」
「ヴァ、ンっ、でも、」
「うるせえ! 根性見せろ、ナッジ…」

 三本指をまとめて、激しく出し入れを繰り返した。薬液をいっぱいに貯め込んだ孔の中が絶え間なく下品な水音を立てる。中で持て余された薬液が指を抜くたびにナッジの肌を伝い落ちシーツに染みを作っていく。

「ま、って、…あ、あ、ぁ、あっ!」
 指の激しさに連動してナッジの身体が、声が、揺すられる。快楽に媚びた呼び鳴きのようだとヴァンは思った。

「……挿れてぇ」

 目覚めさせられた繁殖の本能が、そのまま言葉で落ちる。この一瞬だけはナッジへの労りを忘れ自らの生殖欲の為に、一刻も早く体を重ねたかった。
 ヴァンは指を抜き取り、上体を起こしたままナッジににじり寄る。ひくつきながら大きく口を開けている孔に向けて、痛いほどに硬くなっている陰茎を突き入れた。

「んんっ、ぅ! あ、…ヴァン、中にいる…っ!」

 指を挿れられていた時とは違う、嬉しそうな声がヴァンを更に追い立てていく。
「……はぁっ、……ナッジ、舌噛むなよ」
「う……ん……っ?」

 ナッジの太腿をきつく掴むと、ヴァンは自分の鼓動よりも激しく早く中の蹂躙を始める。

「ひあ゛! あ、あっ、ゔぁ、はや…!?」
「おぉ、おっ、……ナッジ、これ、きもちぃっ……」
「ま゛っ、まって、いたぃ、はやっ、…ねぇ! ヴァ、ン゛ッ!」

 ナッジの悲鳴と混ざり合う抗議も一切聞くつもりはなかった。ヴァンは速度を緩めず、乾いた音を響かせながら腰をぶつけて突き入れ続けた。襞の絶妙な圧迫感を味わうには早すぎる速度だが、ヴァンの目的の為にはもっと激しさが必要だった。

「はっ、ナッジ、まだだ……」
「ぅあっ! な、んで、ヴァ…ン…? あっ、あッ!」

 シーツを掴んで衝撃に耐えていたナッジの身体がぐったりとして強張りを失い、ついには手からも力が抜けて投げ出される。中を荒らされる苦しみを訴える声にも徐々に甘さが混じり始めていた。

「ナッジ、ナッジ……っ」

 きっともうすぐだ。居心地の良いナッジの中に加えて、見開いた茶色の瞳が蕩けているのを目にしていると、気が狂いそうなほどの快楽の熱に息が出来なくなりそうだった。
 ヴァンは呼吸を荒げながら脱力した肢体に覆い被さり、両手できつくナッジを押さえつけた。速さは変えずにナッジの全てを犯すつもりで奥まで攻めた。

「はっ、あ゛、ゔぁん、ゔぁ、あ、あ゛あっ!」

 ナッジはヴァンに突かれるのに合わせて嬌声と呼ぶべき上擦った声を漏らしている。ヴァンは揺れる茶髪に顔を埋めて、ナッジの耳を舐った。ここからはナッジの表情は見えないのが惜しかったが、今のナッジの顔を見てしまえばすぐに射精してしまうだろう。

「は、っ、ナッジ。お前、今、何考えてる? …気持ちいいか?」

 動きは止めずに唾液に濡れた耳に向けて囁きかけたが、律動に合わせて浮く喘ぎ声は軽薄で淫らだった。

「わかんないよぉっ! わ、かっ、んうっ!
 あつくてっ、ヴァンが、っ、あついっ、」

 思考の海を通らない答えに、ようやくヴァンは完全な満悦を得る事が出来た。周囲を気遣い悩む姿なんて、利口だと呼ばれる優しさなんて、さっさと捨てて欲しかった。いつもこうあれば良いとさえ、情欲に支配された心は思う。

「なら、いい。……っ、ナッジ、お前、エロいぜ…」
「ヴァン、ちがうっ! きのう、ぼく、こんな、してない…っ! これ、しらないっ!」

 確かに昨日のナッジの侵入は緩やかで、密着する為の身じろぎは揺りかごのようで、二人は優しく熱を分け合った。けれど、ヴァンはそれでは足りない。昨日の行為では、ナッジの遠い表情はなくならなかったから。

「違わねえ。はっ…これで、良い…ナッジ…」

 完全にされるがままになっているナッジを、ヴァンは暫く貪った。ナッジの声がどんどんか細く掠れていくと、ようやく挿入の速度を落とした。自らの昂りを襞でしごいてもらうように不規則な動きに変える。

「あー…気持ちいい……俺、ケツ穴挿れんの好きかも……」

 速度が落ちて忘我の頂点からなんとか降りてきたナッジの声は、明らかに不機嫌だった。

「っ…ぅ…ねぇ、ヴァン!! 早いの、ほんと、だめだから…っ!」
「んー、でも、今ぐらいは平気だろ?」
「うっ…。う、んっ……でも、もっと、寄って…」

 ナッジの身体を抑えつける力を緩めて要望通りに抱きしめると、汗がにちゃりと音を立てるのに混じってほっとしたような溜め息が聞こえた。昨日もそうだったが、ヴァンと違ってナッジは肌を寄せられるのが好きなようだ。
(わざわざベタベタしなくたって、……側にいるだろ)
 体温をより間近で感じるうちに排泄欲が頂点に近づくのを自覚して唇を結んだ。腕の中に親友を抱いたまま突き上げるような動きに変えると、ナッジの全身がびくつくのが顕著に伝わる。

「う゛う、あ、あぁっ! …だ、めっ…!」
「駄目じゃねえ、お前のケツん中、きもちいい…」
「んうっ、ぁ、ヴァン、ヴァン…ぼくは…っ」
「で、……出る、うっ、ナッジ…ッ」
「あ、あ…っ、だしてよ、ぜんぶっ…」

 熱に浮く誘いの言葉がとどめとなりヴァンの脳が明滅する。ナッジの最奥に届くように昂りを押し入れると、呼応するように内壁が陰茎をきゅうと締めつけてきて、ヴァンは快感に呻きながら精を放った。

 痺れを発散して常時のしなりを取り戻し始めた陰茎をゆっくりと引き抜くと、ヴァンの子種と混ざり白濁した薬液がどろりとナッジの穴から垂れ落ちる。その淫猥な光景で、初めてヴァンは親友に対して背徳感を抱いた。

「ッあ、あ、あ゛う、…あっ…ぁ」

 排出する感覚が最後の一押しとなったのか、ナッジは意味をなさない快感の呻き声をあげ、痙攣を繰り返した末にヴァンの腹をたっぷりと汚した。

「ふぅ、…はぁ。……あー、これは、やべえかも」
 熱い粘膜に締め付けられながら中に精を放つのは、自慰をするのとも肛門を犯されるのとも違う激しい快感だ。今まで一欠片の興味も無かったが、この行為のために大人達が恋愛沙汰に振り回されているのであれば、のめりこむ気持ちがヴァンにも少し理解できた。

「女相手でも気持ちいいのか、お前だから良かったのかは分かんねえけどな。
 ……って、おい、ナッジ。大丈夫かよ?」

 ヴァンが余韻にふける間もシーツを擦る音の一つもない。思わず声をかけるが返事は無かった。行為が激しすぎたのか、ナッジの意識が朦朧としたまま戻ってこない。

「ちょっと、……やりすぎたかな。
 ……でも、お前さ、あそこまでしねえと余計な事考えるからよ」

 ばつの悪さと開き直りたい気持ちの両輪でしばし思い悩んだが、悩んだ末にまずは目覚めさせようとそっとナッジの鼻先に顔を寄せた。唾液にまみれた口元を舐め取って、薄く開かれた口に舌を伸ばし、歯の裏をなぞったり舌を触れ合わせたりと口腔内を弄んだ。
(……違うな)
 ナッジに口付けされる時の頭が痺れる感覚が、どうやれば生まれるのかわからない。ヴァンが好き勝手に口を探るうち、ナッジは意識を取り戻してきたようで、ゆるく身じろぎして鼻から息を漏らした。

「ゔぁ…ん……? ん……」
「もう寝るのか……? もうちょっと付き合えよ」

 柔らかく跳ねている茶髪を撫でて、ぼんやりとするナッジの唇を喰み続ける。まさぐる角度を探す中で、支えを求めて無自覚に角を掴み、手汗によってずりと滑らせた瞬間。
 ナッジの身体がびくんと浮いて、上体が仰け反る。
「──は、ッ!?」
 全開の力で拒否されて、驚きのままヴァンの身体はナッジから離れた。

「なっ、…どした?」
 不自然に覚醒したナッジはあからさまに怯えていて、護るように角を両手で覆っている。力尽きていたはずのナッジの陰茎が、何故か頭をもたげているのも気にかかる。

「〜〜っ、ヴァン!! こっちが聞きたいよ! なんで触るの!?」
 ナッジが大声を出すのは尋常な事態ではない。ヴァンはたじろいでシーツに視線をずらした。
「…あ、っ…。な、なんだよ、角も感じたりするのか?」
「っ、…ちが、…ちが、うよ! そんなわけない!
 角は触らないでって言ってるじゃないか!!」
「なんでそんなに怒ってんだよ!?」

 ナッジが角に接触されたくないのは勿論既知の事実だったが、過去に偶然であれ悪戯であれヴァンが角に触った時の嫌がり方とは一線を課している。どうしたらいいのか分からず、戸惑ってナッジに背中を向けた。ナッジの感情の波が少しずつ整えられるのが、平静を取り戻そうと努めているのが深呼吸の音で伝わる。

「だって! ……っ、そうだね。
 ……怒鳴るなんて、恥ずかしい。
 ヴァンに悪気がないのは、わかってる、のに」

 悪気がないのはその通りだが、今回は流石にヴァンに分が悪いとは思っていた。謝罪の言葉をなんとか捻り出そうとした瞬間、ナッジに後ろから抱きしめられた。

「ちょっと、貸して」
「……ナッジ」

 ヴァンの右肩に重さがかかる。ナッジが頭を預けている。
 言葉の代わりに、髪が肌にこすれる微かな音だけが気まずさを溶かしていくようだった。

「……うん、落ち着いた」
「……、そうかよ」

 幾許かの時間の後に、ナッジは穏やかな声を取り戻す。ヴァンが言えなかった言葉は、冷たさと共に喉を落ちて胸の鼓動を緩めていった。

「ねぇ、ヴァン。……さっきの、痛くて、……で、でも。
 熱いのが、きもちよかった……今もお腹がじんとしてるよ」

 ヴァンの尻に硬い感触が当たる。抱きしめる力を強めたナッジが、勃起した陰茎を上下に擦り付けていた。昨日ヴァンの中に収まった陰茎の質量が否応なしに想起されて、顔が一気に熱くなる。

「お、…お前なぁ、」
「僕も、……僕も、ヴァンの中に出してみたい」
「う、…俺の、中……。だ、だけどよ…」

 心情としてはナッジの要望を汲んでやりたかったが、どうしても頷けない。ヴァンを受け入れるナッジの淫らな姿を見た事で、余計に自分の醜態に気付かされてしまった。自分が今日したように、ナッジに激しく突き入れられたらどうなってしまうのだろう。
 実際はもう情けない姿を山程見せてしまっていると分かっていても、毅然と格好をつけたいヴァンなりの意地があった。
 返事が出来ないヴァンの心中を察したのか、ヴァンの股間に静かに伸びていたナッジの手が止まった。

「そっ、か。まあ、今日は君の番ってことにしとくよ」
 言葉とは裏腹、依然ナッジの昂りが肌に触れていて気が散って仕方ない。
「……ふふ。中に出したいだなんてね。
 僕、こんなに自分が欲にまみれてるって思わなかったな。
 そういうの苦手だって思ってたのに、……ヴァンと、またしたい」

 ヴァンは思わず、自らの腹の上に佇むナッジの手に自らの手を乗せて指を絡めた。欲深い親友の一面など、初めからどうということもない。ただ素直に性欲を晴らそうとすれば良いものを、最中にすら覗かせてくる寂しそうな顔が腹立たしかっただけだ。

「エロナッジに付き合ってやれるのは、俺ぐらいだな。
 チンコ突き合ってるのもな…ぷぷっ」
「ふーん。つきあうで掛けちゃったんだ。
 あのさ、言っとくけど、僕が挿れてる時にはギャグ言わないでね」

 渾身の駄洒落に深いため息をつかれた。ナッジは繋いだ手を頼りにヴァンの身体を掻き抱いて、更に肌の密着を深めようとする。
「ん……はぁ。……ヴァン、あったかい……」
「ナッジ、……なんで、」

 あんなに犯して淫欲に染めたのに、正気を取り戻せばこうして心が離れている。
 自分の名前を呼ぶ時の切ない音を消し去れないのが、ヴァンには悔しい。
(俺はお前を失くしたくないし、お前も俺のことが大事なのにな)
 裸を曝け出しても、本音をぶつけても、精を吐き合っても、どうして簡単な何かが伝わらないのか。飢えて不安になるのだろうか。
(俺はただ、)
 ただ、親友が笑う姿をずっと見ていたい。ヴァンの単純な願いは、この世界ではそんなに難しい事なのだろうか。

「……ナッジ、」
 解決の筋道が分からない事ばかりでも、今抱いている欲求だけは、ヴァンにもなんとかできるはずだった。
 ヴァンは勢いをつけて振り返ると、お互いの陰茎を合わせて握った。ふにゃりと重力に従うヴァンの陰茎が、張り詰めたナッジの幹を支えにしてぴったりとくっつき上を向く。まとめて擦り上げていくと、ヴァンのそれも時間を要さず再び硬さを取り戻して自らの力で屹立を始めた。

「や、なんで、ヴァンっ!?」
「う、っ…ナッジ。また、うだうだ考えてんのかよ?」
「んっ、ねえ、ちょっと…!」

 片手では合わせた昂りは握りきれず、ヴァンは両手を使い囲ってぎこちなく刺激を繰り返した。硬さの差異が少しずつ無くなっていく。

「カチカチになってんな。これで、…でそうか?」
「だ、だめだよ、出るっていうか…っ、おかしいって…!」

 言葉とは裏腹にナッジは刺激から逃げようとしなかった。ナッジの昂りは、既に先走りをてらてらと光らせている。肉が合わさった姿の視覚的な生々しさに、擦り上げる手にも熱がこもる。単純な心地良さは挿入の方が勝っていたのに、奇妙な恍惚感がヴァンを酔わせた。

「ぅうっ……。き、みの、……生きてる…」

 どちらともない不規則な息遣いが二人の身体を繋いで空気を湿らせる。やがてナッジの手も昂りに伸びてきたのを見て、ヴァンは片手の居場所をナッジに譲った。
 自分の手淫だけではない、自分には制御できない緩急が襲ってきて、腹の熱さに耐えられなくなる。

「ナッジ……っ!」
「ぅ、ああ……はっ、もう、」
「ぉ、…、…なっじぃ…!」

 お互いの手の中で二つの生き物が脈打っている。持ち主よりもよほど正直に、浮き出る血管を同じ間隔で震わせて射出の期待に悦んでいる。
 ヴァンは息苦しさに口をぱくぱくとさせて空気を求めながら、きつく目を瞑り甘い痺れが弾けるのに耐えた。ぶるりと身震いを終えてゆっくりと視界を開くと、ナッジが熱っぽくこちらを見つめ続けていたのに気付く。どうやらナッジもヴァンと同時に達したようで、双つの肉棒が交互に精を噴き出し、互いの腹を白く染めていった。

 力尽きた身体は示し合わせたようにシーツの海に倒れ込んで、射精の余韻のままお互いに触れ合った。

「は、あ…気持ちいい…ナッジ…」
「僕も…はぁ、っ…」

 ヴァンは紅潮したナッジの頬を冷やすように手を添えた。達した後のナッジは憑き物が取れたようになるから、ヴァンとしても悪い気はしなかった。

「スッキリしたか?」
「ん……おかげさまで。
 でも、ヴァン。これさ…けっこう変態だよ」
「お前の基準がよく分かんねえよ」

 肛門を陰茎で犯す発端の発想に比べれば、手淫の亜種でしかないと思うのだが。納得いかないものを感じながら、自らの下腹部に手を伸ばしてナッジの白濁を触って確かめた。性欲に流される親友を見ているとやはり安心する。
 欲求を満たそうとした今この時は確かに、求めているものは単純で同じはずだった。

「お前さ……いや、俺達さ、意外と溜まってたんだな。
 ……なあ? やっぱり同じだろ、俺達」
「ふふ…っ」
「何笑ってんだよ。
 これでも、同じだって分かんねえのかよ……」

 またナッジに自らの思いが伝わらない。すっかり拗ねた心地だったが、いくらかは意図を察したのか、小さく息を吐いてナッジは微笑みを返してきた。

「僕のこと、心配してるんだね?」
「……ちっ、二回も出す元気ある奴なんか心配するかよ!」
「あ、あはは。自分でも驚いてるよ」

 乾いた笑いに辟易としてきて、ヴァンは寝返りをうち天井を見つめた。そのまま眠ってしまおうかと思ったが、言い聞かせるようなナッジのやわい声に顔を向けた。

「あのさ。僕はもう大丈夫だよ。
 ヴァンを置いて行ったら、後が大変なんだもの」
「……いちいち偉そうなんだよ、お前は!」

 あくまでこちらを見守るような保護者ぶる言い方が余計にヴァンの癪に触る。それでも、ヴァンはその言葉を信じようと決めた。
 どんな意味だとしても、親友が自分を必要としているのは真実だと分かっているから。

「ナッジ」

 低く名前を呼ぶと、密めた笑いだけが返ってくる。親友の片手を探ろうと伸ばした指先は、何も言わずとも体温によって握り応えられた。

「なあ、ナッジ。……俺がいたら、お前は大丈夫なんだな」
「……うん」

 瞳の感情を覗くうちに、自然とお互いの顔が寄って唇を寄せる。もう少しだけ、安堵を分かち合う時間が必要だった。

2023.03.23
「選んだ居場所だから」の続き。
いちゃいちゃ友情ックス。



index作品一覧