『廃用身』久坂部 羊 読んだ! き、きつい これがデビュー作…筆力もすごければ最初にこれを書こうと思ったのもすごい 作者の他の作品も読んでみたくなった… 私的な考えも出ちゃって気恥ずかしいので畳んでおく 続きを読む 第一例の岩上(仮)さんの施術決定のくだりが一番きつかった ページ進めたくなかった 結末がどう転ぶにしても後戻りできない第一歩の危険な空気が滲んでいて… 高齢者介護の身に迫る感覚が前提にあるから、漆原視点の前半も世間の動きを追う矢倉視点の後半も作中に出てくる人物の言動も何もかもがもんにょりとしたリアリティがありしんどい 閉じられたコミュニティで一見穏やかに進行していたAケアデイケアの日々が、後半マスコミから恣意的に暴き立てられる文の切り替えの鮮やかさが良かった いや、でも、世間から見たら"そう"だよね Aケアチームも欠損者が集う施設も不気味に見えるのは 理解できる… 後半の漆原の吐露とホルマリンエピソードは、この作品をエンタメとして落とし込むための防壁みたいなものなのかなと思った これがあると、現実にも通ずる問題を提起した本作品で、一旦全ての功罪を漆原というフィクションのキャラクターに押し込めて現実逃避ができるから 現実には漆原がいないからAケアは(まだ)起きていないけど、医者と患者/若者と高齢者の立場的な不均衡、高齢化社会、介護負担、介護者と被介護者のそれぞれの心労、そういう課題は実際に存在していて対応策を模索している現状は消えない、という …まあ単純にデビュー作でバランス調整ミスってモキュメンタリーのフィクション度を終盤で上げすぎちゃいました、みたいなノリかもしれんけど 笑 マスコミが漆原を追い立てる流れを追うのもまたマスコミ側の矢倉の文だから 中立的な視点がなくてそれも読んでいる側の据わりの悪さを助長するなあ 漆原の良い面も悪い面も様々な視点から描かれ、どういう人物像を描くかは読者それぞれあると思うが 私としては漆原の酷薄な面や都合の良い面を悪しように受け取る気持ちはあまりないかな 介護させる側の罪悪感と苦しみを知りそれを大事と受け取っていたことは、漆原の美点だと私は思う それを利用して精神コントロールしていたんだと自嘲していてもなお (ケアを受ける側の肩身の狭さはちゃんと意識しないといけないよやっぱさ…) というかAケアのセンセーショナルさに目がいきがちだけど、オススメの治療を提案して説明誘導しつつ最後は患者の決定と念押しするのとか 精神誘導とか 弱者(あるいは専門的知識を持たぬ客)への優位による心の安定とか スキルとして多かれ少なかれ職業人が行使しがちなものではあるじゃない(作者は医者だそうなので医者全体を指して皮肉っていそうだが、私は医療人ではないので主語は広くしておく) 考え出すと臓器摘出と手足切断の違いはなんだろうと思ってしまうな 外見の部分だけは欠損を重要視されるのは健康的な都合ではなく世間体が大きいような なら世間体が変われば臓器と同じように不必要・有害なら切り離すのも許容されるようになる? でもこういう思考すらも漆原の文に乗せられているのだろうか 一度Aケアを許してしまうと介護者の都合の良いように患者を同意に誘導し効率的な姿にさせられるようになるという未来予想があるから、妄信的に賛成してはダメだと感情的な歯止めがかかるけど 善意だけで回る理想の世界なら あるいは成立するのだろうか この作品の展開やキャラクターに痛ましい思いを感じていても(特に妻と子供の顛末が無常だ…)、Aケア自体をおぞましいとは思わない自分に対して、複雑な気持ちを抱きつつ読後余韻を味わっている Aケア是非はともかくとしても 手足の欠損が特別視されない、物理的にサポートを与える受けるがあっても振り返って二度見されたり遠巻きにされない世の中の方が好きだなと思う 心に来る作品だけど読ませる力があった 新書形式で一気に読めて面白かった! 映画観るか悩むな…畳む ★ミ 2026/05/19(Tue)
読んだ!
き、きつい
これがデビュー作…筆力もすごければ最初にこれを書こうと思ったのもすごい 作者の他の作品も読んでみたくなった…
私的な考えも出ちゃって気恥ずかしいので畳んでおく
第一例の岩上(仮)さんの施術決定のくだりが一番きつかった ページ進めたくなかった 結末がどう転ぶにしても後戻りできない第一歩の危険な空気が滲んでいて…
高齢者介護の身に迫る感覚が前提にあるから、漆原視点の前半も世間の動きを追う矢倉視点の後半も作中に出てくる人物の言動も何もかもがもんにょりとしたリアリティがありしんどい
閉じられたコミュニティで一見穏やかに進行していたAケアデイケアの日々が、後半マスコミから恣意的に暴き立てられる文の切り替えの鮮やかさが良かった いや、でも、世間から見たら"そう"だよね Aケアチームも欠損者が集う施設も不気味に見えるのは 理解できる…
後半の漆原の吐露とホルマリンエピソードは、この作品をエンタメとして落とし込むための防壁みたいなものなのかなと思った これがあると、現実にも通ずる問題を提起した本作品で、一旦全ての功罪を漆原というフィクションのキャラクターに押し込めて現実逃避ができるから
現実には漆原がいないからAケアは(まだ)起きていないけど、医者と患者/若者と高齢者の立場的な不均衡、高齢化社会、介護負担、介護者と被介護者のそれぞれの心労、そういう課題は実際に存在していて対応策を模索している現状は消えない、という
…まあ単純にデビュー作でバランス調整ミスってモキュメンタリーのフィクション度を終盤で上げすぎちゃいました、みたいなノリかもしれんけど 笑
マスコミが漆原を追い立てる流れを追うのもまたマスコミ側の矢倉の文だから 中立的な視点がなくてそれも読んでいる側の据わりの悪さを助長するなあ
漆原の良い面も悪い面も様々な視点から描かれ、どういう人物像を描くかは読者それぞれあると思うが 私としては漆原の酷薄な面や都合の良い面を悪しように受け取る気持ちはあまりないかな 介護させる側の罪悪感と苦しみを知りそれを大事と受け取っていたことは、漆原の美点だと私は思う それを利用して精神コントロールしていたんだと自嘲していてもなお (ケアを受ける側の肩身の狭さはちゃんと意識しないといけないよやっぱさ…)
というかAケアのセンセーショナルさに目がいきがちだけど、オススメの治療を提案して説明誘導しつつ最後は患者の決定と念押しするのとか 精神誘導とか 弱者(あるいは専門的知識を持たぬ客)への優位による心の安定とか スキルとして多かれ少なかれ職業人が行使しがちなものではあるじゃない(作者は医者だそうなので医者全体を指して皮肉っていそうだが、私は医療人ではないので主語は広くしておく)
考え出すと臓器摘出と手足切断の違いはなんだろうと思ってしまうな 外見の部分だけは欠損を重要視されるのは健康的な都合ではなく世間体が大きいような なら世間体が変われば臓器と同じように不必要・有害なら切り離すのも許容されるようになる? でもこういう思考すらも漆原の文に乗せられているのだろうか
一度Aケアを許してしまうと介護者の都合の良いように患者を同意に誘導し効率的な姿にさせられるようになるという未来予想があるから、妄信的に賛成してはダメだと感情的な歯止めがかかるけど
善意だけで回る理想の世界なら あるいは成立するのだろうか
この作品の展開やキャラクターに痛ましい思いを感じていても(特に妻と子供の顛末が無常だ…)、Aケア自体をおぞましいとは思わない自分に対して、複雑な気持ちを抱きつつ読後余韻を味わっている
Aケア是非はともかくとしても 手足の欠損が特別視されない、物理的にサポートを与える受けるがあっても振り返って二度見されたり遠巻きにされない世の中の方が好きだなと思う
心に来る作品だけど読ませる力があった 新書形式で一気に読めて面白かった!
映画観るか悩むな…畳む